プロレスの見方。
人それぞれ違うであろう。
スポーツとして見る者。
格闘技として見る者。
ショーとして見る者。
などなど。
そこでわたしの見方なのだが、わたしはプロレスというものを、「プロレス」という名の長編小説として考えている。
「プロレス」という作品には作者として「プロレスの神様」が存在しており、プロレス界で起こる大きな事件はすべて、プロレスの神様のシナリオによるものである……という考え方である。
実際に、プロレスの神様というものが存在するかどうかはわからん。
ただ、プロレスというものは、だいたい9〜10年周期で大事件が起きている。
「たんなる偶然」で片付けるには、あまりに奇妙なのだ。
以前書いた、「プロレス9年周期説は正しいか?」という記事の内容と重複するが、プロレス界の大事件の周期について、改めて書きたいと思う。
日本プロレス協会が誕生した1953年を起点とすると、大事件の周期は以下の通りである。
【10年後の1963年】
・力道山の死去
【9年後の1972年】
・新日と全日の旗揚げ
【9年後の1981年】
・初代タイガーマスクのデビュー
・ハンセンの全日参戦
【9年後の1990年】
・SWSの誕生
・電流爆破デスマッチの誕生
【9年後の1999年】
・ジャイアント馬場の死去
・橋本戦での小川の暴走
【10年後の2009年】
・三沢の死去
いずれも共通しているのは、起こった事件が、それまでのプロレス界の流れを一気にリセットしてしまうほどの破壊力を持ったものであるということである。
こじつけかもしれんが、あまりにもできすぎではないだろうか?
まるで誰かが意図的に、一定周期で事件を起こしているような……。
わたしは三沢が亡くなったという事実を知ったとき、むろん悲しみもあったが、実はそれ以上に、「ついにきたか!!」という気持ちの方が大きかったのだ。
そして、「プロレスの神様よ、なぜ三沢なのだ……」と。
プロレスの神様よ、あんたは今後のプロレスに、どんなシナリオを用意しているんだい?
早く知りたいよ。
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2009年08月15日
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